──情報空間はいかに作られ、私たちはいかに育てられたか

エコーチェンバーは、ネットが生んだのではない。戦後日本人は、茶の間のテレビの時代から、巨大な「閉じた情報空間」の中で育てられてきた──その空間を浴びて育ち、やがて作る側に回った映像ディレクターが、テレビからAIまでを一続きに描く戦後情報空間論。

ネット時代になって、エコーチェンバー、フィルターバブル、情報のタコツボ化という言葉がよく語られる。しかし本書は、それらを「ネット以後に現れた新しい現象」とは見ない。日本人は戦後のかなり早い段階から、テレビを中心とする巨大な情報空間のなかで育てられてきたのではないか──そこが出発点である。

茶の間のテレビ、プロ野球、紅白、甲子園、原子力の平和利用、団地、新中流家庭、漫画、アニメ、ゲーム、オタク文化。これらは自然発生した「ふつう」ではなく、政治・広告・メディア・経済成長・アメリカ・企業社会・視聴者自身の欲望が絡み合って形成された。本書はこの、個人と家族を取り囲み現実の見え方を方向づける情報空間を扱う。

かつてその空間は茶の間にあった。家族が同じ番組に笑い、同じニュースを知り、同じスターを共有した。やがてそれは個室へ、ゲーム機へ、パソコンへ、スマートフォンへと移り、いま生成AIによって「応答する空間」へと変質しつつある。本書は戦後日本論であると同時に、世界がこれから経験する情報環境の未来を、日本という先行事例から読み解く試みである。

構成(全3部+終章)

第一部 戦後情報空間はいかに作られたか──占領期メディア政策、正力松太郎、田中角栄と電波行政、街頭テレビ、プロ野球、原子力博覧会、電通。
第二部 下部構造の変容──高度成長、新中流家庭、消費社会、団地、中曽根、プラザ合意とバブル、そして1991年以降の崩落。
第三部 その情報空間のなかで、何が育てられたか──企業文化、おたくの帝国、ブラウン管からネットへ、秋葉原のロスジェネ、異世界転生。
終章 繭はどこへ移ったか、そして閉じていくのか──スマートフォン、推し活、二次元への没入、生成AIとの対話へ。